近年の医療・歯科医療技術の目覚ましい進歩は、疾病の治療に大きく貢献をしているが、同時にそれは新たなリスクを生んでいることも事実である。医師・歯科医師も人である以上、残念ながら、このような不測の事態から完全に逃れることは不可能だが、そうであるからこそ謙虚にそれを見つめ、不断の努力と研修を積まねばならない、と考える。
その意味で、今般、歯科インプラント治療に関連する事故等の問題について複数の報道がなされていることは誠に遺憾であり、上述のような考えに従い、改めて内容を精査し、その問題を真摯に受け止め、このような事態を可能な限り防ぐ措置を速やかに講じたいと考えている。
一方、報道の内容については、本会の認識と一致しない部分も存在するので、われわれの果たすべき課題を明確にすると共に、歯科インプラント治療に対する理解が進むことも含めて、ここに本会の見解を明らかにしたいと考える。
近年の新たな医療技術の中で、生体内に人工的な装置を入れることによって患者の生命と生活を守っているものが多い。
これは、医療の提供が、手術の完了をもって終わるのではなく、そこから体内の人工物を抱えながら、新たな生活が始まることを意味する。
このような中で、歯科インプラントは、人工的な装置の下部を無菌状態にある骨内に埋め込み、その上部を、最も細菌が繁殖し、さらに外部に開かれた口腔という環境に露出させ、そこで咀嚼機能を果たさせる特殊な役割を担うものである。したがって、埋め込まれたインプラント装置は、常に骨内と口腔内に露出した境界線で、細菌感染の危険性と、さらに常時、咀嚼というかなりの圧力に耐え続けなければならない。
われわれ歯科医師は、インプラント治療にあたって、事故の防止に努めるのみならず、このような特殊性を考慮し、患者の理解を得て歯科医師と患者双方の共同作業によって、その維持のための努力を続けていかねばならない。これを、われわれは常に自覚し、また会員指導に当たっていきたいと考えている。
前述したように、まず手術中の事故を可能な限り防止するために不断の努力を続けることが、われわれの責務であることは言うまでもない。
しかし一方で、手術後の一定期間を経て、いわゆる「不具合」が生ずることがある。これが前項で述べたインプラント装置の機能する口腔という場の特殊性から来る課題であり、この克服への努力もまた重い課題として受け止めねばならない。
しかし、この「事故」と「不具合」とは別種のものであるが、それが混同されていることが多いと考える。
例えば、報道記事の中に「5年間の事故300件余」とあるが、これは「事故」と「不具合」が混在された数字である。この混在の原因は、厚生労働省研究班の報告書に、307件を「事故関連」と表していることによるものと推測される。したがって、これは、報道機関の責任でないことを承知しつつ、今後は、この二つの事態を別種の問題として捉えていただくことを願うものである。
かねてより、本会としても、インプラント治療の実践にあたっては、技術の進歩を踏まえつつ、術者の技能修得に併せ、対象症例を的確に判断することが重要であると認識している。さらに、術中の感染防御、術後の口腔管理等によりその成否が大きく左右されることから、患者自身への十分なインフォームドコンセントと適切かつ十分なセルフケアの指導が遂行されるよう様々な観点から構成された生涯研修等により会員指導にあたっている。
インプラント治療が臨床に採り入れられてから約50年経過した。この間、多くの改善を加えながら進歩し、ほとんどの症例が良好な結果であるが、しかし一方で、急速な普及とそれに伴う「事故」や「不具合」のケースが増加しているのであれば、われわれはそれを真摯に受け止め、技術の向上に努めていかねばならない。
歯科医師会は、学術団体として、会員同士が相互に生涯をかけて学び合う場であり、その機能が十分発揮できる体制づくりに、一層の努力を続けなければならない、と考える。
また、インプラント治療に関しては、指針(ガイドライン)により、インプラント治療が適正に収斂していくことが期待できることから、学会による指針(ガイドライン)の作成が急務であると考えている。
加えて、こうした技術については、卒前教育と臨床研修により、その素地を涵養することが重要であることから、大学等医育機関における充実を求めていく。
不幸にして、インプラントを始めとする歯科医療関連の事故等が起きた場合については、都道府県行政内の相談センター及び都道府県歯科医師会、さらに日本歯科医師会内にも相談体制が整備されているので、ここで公正な対応をしていく。
インプラント治療は、歯を喪失した患者の機能回復に極めて有用な医療技術であり、今後とも技術や材料の向上を推進し、国民の生活の質の向上に寄与するよう努めていく所存である。